まだ雑感の段階なのでブログではなくこっちにメモ書き。
サッカー日本代表の活躍と、今回の震災時のtwitterの使われ方を見ていると、どうも、自分たちの親やそのまた親の世代のコミュニケーションを想起させられる(実際の体験としては知らないけれど)。
例えば、該当テレビに人が集まっていて、力道山が話題になっているから更に人だかりができる。同様にtwitterのタイムラインが盛り上がっているからどんどん皆がサッカーを観るようになる。ただ以前と比べ、その拡散性から「物理的距離」が無くなった分、より広範囲に広がるようになった。
震災の件に関しても、情報不足によるデマや煽動が起き、一方で、ともすればプロパガンダも起こり得るような状況(これは語弊あるかもしれないな・・)にもある。
けっきょく、一家に一台のテレビ→一部屋に一台のテレビ→インターネットの普及→モバイル(スマホ含む)の進化→という変遷を辿っても、人間の「コミュニケーションにおける心理」は基本的には変わっていないということが実証されたのでは、と感じている。
# 学生時代に社会学/社会心理学を専攻していたが、今あらためてそういった観点からこの状況を調べてみたいという衝動にかられてみたり。。
さて震災の後、世界的に有名クリエイターの中村勇吾さんがご自身のtwitterで「広告系のお仕事たちが次々と赤ちゃん返りしはじめたよ。」とつぶやいていたが、これを自分は節電広告が広まっていることを指しているのかな、と(勝手に)解釈した。
つまり、「人に物事を伝え、アクションを起こさせる」という原点に帰ったのではないか、という解釈。そしてそれは、今回の2つの例においても同じなのではないかと思った訳です。繰り返すけれど、人間の「コミュニケーションにおける心理」は基本的には変わっていない。
しかし、変わったものがある。それは上記のような「ツールの進化」。これらは過去にもまして大きな即時性や拡散性を持つ。そのため、ポジティブには応援の増幅装置として更に機能し、ネガティブには玉石混交の情報のうち、「石」に気をつけないとあっという間に踊らされてしまう。
「ネット社会」は確かに便利だ。というか、便利になった。しかしその一方で、変わっていないものもある。そこを見落とすと、人はどんどん間違った方に進んでいく。これは国や企業も同じ。
政治学や社会学、社会心理学に従事する方々には、ぜひ今のこの状況をレポートしておいて頂き、後日分析して頂けたらなぁ、と思うのである。